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妹は、

その後も別の男の世話になり、生涯結婚する事はなかった。

華やかな若い時代は去り、世の中も変わって行った。



もう昔の様な優雅な生活は望めない。

考えてみれば人生で残ったものは少なかった。

姉との葛藤もずっとあった。

倶楽部は姉が経営していたが、自分もお客を大勢連れて行った。

元より開業資金の半分は自分が出した。

娘の将来を考え、いくらかにでもなればと思っていたのだ。


だが、姉からは何のお返しもなくこれまで来ていた。

姉妹だから契約など交わしていなかった。


生活費欲しさに小声で姉に訴えれば、姉はこう答える。

「あんたはいつも金、金だ。金の事しか言えないのか!」と。

しかし、これはすり替えである。

金の事を言わせる方に問題があるのに、

周りに聞こえるような大声で言い、被害者を装い相手が悪いと思わせる。


結局僅かな金銭さえ渡ったかどうか…。

もしそんな事があったとしたら、

自分がどれだけ妹にお金をくれてやったかと、

言わずにいられない筈、と思う。


息切れするような時間が重なる…。


どんよりと、やり切れない思いで暮らして来たのだろう。

妹は、とうとう…

成人した一人娘を残し、首を吊ってしまったのである。


その時姉は、

病院のベッドの上で、余命幾ばくもない体を横たえ、

その知らせを聞かなければならなかった。


つづく

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女傑は、

病院の個室ベッドの上から、妹の葬儀の手配をした。

昔の「機を見るに敏」な力がまだ残っていたのだろうか。

それと、

入退院を繰り返していたが、これが最後の入院になるだろうという時、

妹は姉の気持を酌んで、人を介して「ある紳士」に連絡を取り、

「最後の晩餐」の席を設けたのであった。


それは、あの「玄関花束男」ではなく、

同じ頃姉が心を寄せていたが、決してなびかなかった一人の男だった。

妹ゆえに姉の気持はよく分かっていたのだ。


その「ある紳士」は、再三連絡してくる仲介者に、

その都度断っていたが、女傑の状況や妹の心情を初めて

聞かされた時、同情して出掛けて来てくれたのであった。

その四人での会食であった。


女傑は、

この事を恩に着、少しは反省する気持ちになっただろうか。

それとも、

妹を追い詰めたのは妹自身であると思っていただろうか。


自殺は自分のせいではない。。少しはあったかも知れないが

私だってもう長くはない。。

そんなことよりも、葬式に誰を呼ぼうかしら、、と気が張ったとしたら、

…救いようがない。


連絡を受けた政財界のお歴々が参列した妹の葬儀は、

「病身に更に苦労を引き受けた悲劇の喪主」という、

女傑の最後のあだ花のようであった。


…それから一年も経たない内、

女傑も

60代で果てた。




つづく

明日*女傑は最終回へ
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